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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)584号 判決

原告(反訴被告)

阪ノ下英夫

原告(反訴被告)

阪ノ下ミサエ

右両名訴訟代理人

小長谷国男

今井徹

被告(反訴原告)

右本益一

右訴訟代理人

古川秀雄

被告(反訴原告)

右本アヤ子

右訴訟代理人

右本益一

右訴訟復代理人

古川秀雄

主文

一  被告(反訴原告)らは、各自原告(反訴被告)阪ノ下英夫に対し、金一五〇万円及びこれに対する被告(反訴原告)右本益一は昭和五二年八月七日から、被告(反訴原告)右本アヤ子は同月五日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)阪ノ下英夫のその余の本訴請求をいずれも棄却する。

三  原告(反訴被告)阪ノ下ミサエの本訴請求をいずれも棄却する。

四  被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、本訴について原告(反訴被告)阪ノ下英夫と被告(反訴原告)らとの間に生じた分は、これを二分し、その一を同原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)らの各負担とし、本訴について原告(反訴被告)阪ノ下ミサエと被告(反訴原告)らとの間に生じた分は同原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた分は被告(反訴原告)らの負担とする。

六  この判決は、本訴請求につき原告(反訴被告)阪ノ下英夫勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

(本訴請求について)

一請求原因1の事実及び同2の事実のうち、原告ら家屋と被告ら家屋とが相隣接し以前はいずれも平家建であつたこと、被告らは昭和三六年秋ころから同年末ころにかけて自家の二階増築工事をなしたこと、被告らは原告らも原告ら家屋の二階増築を計画していることを知つて、自家の右工事が完成するころ、原告らに対しその増築計画の違法性とこれにより被告らが蒙るべき損害について警告を発し、右計画の廃止又は変更を求めたが、原告らは昭和三七年一一月ころ自家の二階増築工事をなしたこと、そこで被告アヤ子が原告となり原告英夫を被告として第一次ないし第三次訴訟を提起したこと、右各訴訟における同被告の主張並びにその帰趨が原告ら主張のとおりであること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二原告らは、被告益一に対する本訴請求の前提として、右第一次ないし第三次の各訴訟は、形式上その当事者(第一審での原告)となつている被告アヤ子のみならず、実質上被告益一も被告アヤ子と共同して提起追行したものである旨主張するので、まずこの点につき判断することとする。

前示一の当事者間に争いのない事実と〈証拠〉を総合すると以下の事実を認めることができる。

1  被告益一は、被告アヤ子の夫であつて本件第一次訴訟が提起される以前から被告アヤ子ら家族とともに被告ら家屋に居住し、被告アヤ子ら家族は第二次訴訟が上告審に係属していた昭和五〇年八月一〇日に郷里の山口県に転居したが、被告益一のみは被告ら家屋にとどまり今日まで同所で生活している(従つて、第三次訴訟は前記のとおりいわゆる環境権を理由とするものであるが、右訴訟の提訴時に被告ら家屋に居住していたのは同被告のみであつた。)。

2  本件第二次及び第三次訴訟は、その請求の趣旨原因は必ずしも同一ではないが、いずれも原告ら家屋の違法な増築によりその西側に存する被告ら家屋の生活環境が破壊されたと主張するものであり、また、第一次訴訟も、民法第二三四条に基づき原告ら家屋の一部収去を求めるものであるが、右被告ら家屋の生活環境破壊の点が提訴の動機となつている。

3  被告益一は、弁護士であり、本件第一次訴訟提起前、原告英夫に対し被告アヤ子の代理人として口頭あるいは内容証明郵便により原告らの計画する二階増築工事の違法性等について警告を発しその廃止変更を求めるなど現実に原告らとの交渉に当つているほか、第一次ないし第三次訴訟においていずれも被告アヤ子の訴訟代理人として実際に訴(上訴も含めて)の提起追行をなしているのみならず、第三次訴訟においては原告たる被告アヤ子の補助参加人として自らも訴訟に参加し、更に第二次及び第三次訴訟では被告アヤ子側の証人となつている。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右認定のとおりの被告アヤ子と同益一との関係及び本件各訴訟の内容並びにこれに対する被告益一の利害関係やその関与の程度、態様等に照らすと、右第一次ないし第三次の各訴訟は、被告アヤ子の夫としてまた同居者としてその帰趨に事実上同被告に優るとも劣らない利害関係を有し、かつ弁護士として法律的知識を有する被告益一が、単なる訴訟代理人の立場にとどまらず、実質的に当事者的立場で被告らの共通の利益実現を目的として被告アヤ子と共同のうえ(被告アヤ子のみが原告となつたのは、被告ら家屋とその敷地が同被告の所有であつたところから、訴訟物の法律的構成の必要に基づく法技術的考慮によるものと考えられ、実体はむしろ被告益一が主導的立場にあつたと考えられる。)その提起追行をなしたものであることはこれを容易に推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三次に、右のとおり被告らが共同してなした右各訴訟の提起追行が不法行為となるか否かの点につき判断する。

1  思うに、民事訴訟制度は私人間に生ずる生活関係上の紛争は利害の衝突を解決調整する手段として設けられた公の制度であるから、右のような紛争又は利害の衝突が生じた場合、個人が右制度を通じてその解決を求め、訴を提起して裁判所の判断を求めることそれ自体は当然の権利行使であつて、その結果敗訴したからといつて直ちに右訴の提起が違法なものとなるわけではない。しかしながら他方右のような制度の趣旨や訴を提起される被告の立場をも考慮すると、右のような紛争解決以外の目的で、当初から訴訟物たる権利のないことを知りながら、或いは容易にこれを知りうるのに自己の著しい不注意によつてこれを認識しないまま訴を提起するなど、その目的、態様その他諸般の事情から訴提起それ自体が正当と認められる権利行使の範囲を著しく逸脱し公序良俗に反して違法性を帯びる場合には、右提訴者は民法第七〇九条によつてこれにより他人に加えた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。

そこで、この観点から本件第一次ないし第三次訴訟の違法性の有無につき順次検討することとする。

2  第一次訴訟について

(一) 前示一の当事者間に争いのない事実と〈証拠〉によれば、右の訴提起に至るまでの経緯等について、以下の事実を認めることができる。

(1) 増築前の被告ら家屋は、南北に細長い構造のうえ東側と西側に窓がなく、採光と通風が不十分であり、被告益一が健康にすぐれないこともあつて、被告らは右家屋に二階を増築して東側からの採光と通風を得ようとし、右増築工事をなすに先立ち、昭和三六年九月ころ被告らの娘を通じてその旨原告らに申入れた。ところで、原告らは、当時発育ざかりの二子をかかえそれだけでも狭隘な原告ら家屋に著しく生活上の不自由を感じていたが、更に高令の母親を引取り扶養する必要に迫られていたので、被告らと同様に二階を増築する計画を有しており、そのような事情もあつたので被告らからの右申入れを快く承諾した。

(2) そして、被告らの側では昭和三六年一二月ころ自家の二階増築工事をしたが、被告らは、右工事が完成するや、原告英夫に対し、同原告が未だ二階増築工事に着手していないにもかかわらず、その増築工事の違法性(敷地との関係で法律上問題があること)及びこれにより被告ら家屋の二階増築部分の東側(原告ら家屋と接する側)に設けた窓が採光、通風の役に立たなくなり被告らが損害を蒙ることを説明して警告し、更に同年一二月一八日付内容証明郵便をもつて右増築計画を廃止又は変更するよう申入れた。

(3) この申入れを受けた原告らは、隣人同士でもあり、なるべく穏やかに事を処理したいと念願し、本訴の原告ら訴訟代理人や被告益一と同期で親交のある弁護士に依頼し、原告らの増築工事の承諾方を交渉してもらつたが、被告らからの確答が得られなかつたものの、右弁護士らから承諾が得られそうだから工事にかかつてもよいといわれたこともあつて、昭和三七年一一月八日ころから原告ら家屋の増築工事に着手した。

(4) 原告らのなした二階増築工事の方法は、従前の建物の外側に通し柱を附加してこれを二階部分の支注となし、それに横材を組入れて階下部分につなぎ足し、外壁をモルタル塗りの防火壁にするというもので(これにより原告ら家屋の西側外壁は従前より約二〇センチメートル西側に拡げられた。)、この方法は、被告らが原告らに先立つて行つた被告ら家屋の二階増築の工事方法と同様のものであつた。また、このような二階増築工事は、旧大阪市内の平家建家屋に居住する者の間では戦後の住宅不足を打開する窮余の方策として比較的広汎に行なわれている極めてありふれた通常の増築工事で、当時原・被告ら家屋の周辺でも随所にみられるものであつた。そして、原告ら家屋の二階部分を右以上に東側に増築することはその構造上困難であつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) また、前示一の当事者間に争いのない事実及び〈証拠〉を総合すると、第一次訴訟の内容、結果等について以下の事実を認めることができる。

(1) 被告アヤ子は、原告らの二階増築工事着手後間もない昭和三七年一一月ころ第一次訴訟を提起し、①同被告は被告ら家屋及びその敷地を所有している、②右土地と原告ら家屋の敷地との境界(以下単に境界というときは右のそれを指す。)は別紙図面(一)の直線AB(以下「AB線」という。)であるが、原告英夫は右境界から五〇センチメートルの距離を置かないでその所有する原告ら家屋を二階建に増築し、よつて原・被告ら家屋間の通路を著しく狭隘にするとともに被告ら家屋の通風採光を妨げかつその外壁の修理困難、火災類焼の危険率増大を生ぜしめた、③右増築後の原告ら家屋は建築基準法所定の建ぺい率を超えた同法違反の建築物である、との事実を主張して民法第二三四条に基づき原告ら家屋のうち別紙図面(一)の赤斜線部分の収去を求めた。

(2) これに対し、原告英夫は、右①の事実を認め②及び③を否認したので、境界が被告アヤ子主張の位置に存するか否かが争点となつたが、第一審において、被告アヤ子は、「境界はその南北に存在していたセメントの標示によつて明示されており、右標示は現存しないがその存した場所はA及びB点である。」旨供述し、同被告申請の証人青木義鐘も、右標示がコンクリートであつたとするほかは右と同趣旨の供述をなし、更に同被告提出にかかる第三者作成名義の書証には「境界にはコンクリートの境界標示が存在していた。」旨の記載が存した。他方、原告英夫申請の証人奥村かねは「自分の亡夫は昭和一二年五月ころ増築前の原告ら家屋を境界から一尺五寸位の距離をおいて建築した。」旨供述し、原告英夫自身は「境界は原・被告ら家屋の通路中央であると思う。」という趣旨の供述をなした。

(3) 第一審の大阪簡易裁判所は、昭和四〇年三月八日、被告アヤ子の請求を棄却するとの判決をなしたが、その理由は、境界の点につき右青木証人、被告アヤ子の各供述など同被告の主張に沿う証拠は他の証拠に照らし措信できず他にその主張事実を認めるに足りる証拠はない、また、建築基準法違反の点につき仮に右違反が存するとしてもその是正は行政庁がなすべきで隣地所有者にこれを求める権利はない、とするものであつた。

(4) 被告アヤ子は右判決を不服として控訴したが、控訴審の大阪地方裁判所も昭和四一年四月八日右第一審の判断を相当として控訴を棄却し、更にこれを不服として同被告がなした上告についても、上告審の大阪高等裁判所が昭和四三年二月二九日これを理由なしとして棄却したので、被告アヤ子の請求を棄却した第一審判決が確定した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、右訴訟において被告アヤ子が訴求した民法第二三四条に基づく原告ら家屋の一部についての収去請求権の存在は結果的に認められなかつたのであるが、他の証拠に照らすと措信できないものであると判断されたとはいえ、一応被告アヤ子の主張に沿う第三者の供述等も存し、原告英夫自身や同原告申請の証人がその程度はともかく増築後の原告ら家屋が民法第二三四条に違反していることをうかがわしめる供述をなしていることや、当時その境界を客観的に表示すべき境界石等の徴表が存しなかつたことをも併せ考えると、被告らのいずれにおいても、右請求権の存在しないことを予め知つて、或いは容易にこれを知りえたのに自己の不注意により認識せず、右提訴追行に及んだものであると認めることはできない。

もつとも、原告ら家屋の二階増築が前示2(一)のような事情経緯の下でなされたことや、後記3(三)のとおり第二次訴訟において被告アヤ子の民法第二三四条に基づく損害賠償請求権が権利の濫用を理由に否定されていることに照らすと、仮に同被告の主張事実が認められたとしても、前記の収去請求権の存在それ自体は同様に権利の濫用として否定される可能性もないとはいえないが(〈証拠〉によれば、原告英夫は第一審において権利濫用の抗弁を主張していることが認められる。)、被告アヤ子の請求が権利濫用となるか否かの判断は、単に境界の位置だけでなく、原告ら家屋の増築及びこれに先立つ被告ら家屋増築の各経緯、右各増築工事の方法、近隣建物の状況等諸般の事情を総合考慮の上なされるものであつて、被告らにおいてこれら諸般の事情の詳細を訴訟前に予め知り、又は容易にこれを知りえた筈であるということはできないから、訴訟追行の結果最終的に同被告の請求が権利濫用と判断される可能性があつたとしても、そのことから直ちに被告らの第一次訴訟の提訴追行が前示のように公序良俗に反する違法なものであるとまでいうことはできないのであつて、他に右の違法性を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、原告らの本訴請求のうち被告らのなした第一次訴訟が違法なものであることを前提とする部分は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

3  第二次訴訟について

前示一の当事者間の争いのない事実と〈証拠〉を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一) 被告アヤ子は、第一次訴訟が上告審に係属中であつた昭和四一年六月一六日、原告英夫に対し、第二次訴訟を提起し、金三〇万円(当初は金一〇万円、のちに金三〇万円に拡張)とその遅延損害金の支払を求めたが、その請求原因の要旨は、①原告英夫は原告ら家屋を所有し被告アヤ子はこれの西側に隣接する被告ら家屋及びその敷地を所有しているものであるが、同原告は昭和三七年一一月初旬ころ原告ら家屋の二階増築工事をなした、②原・被告ら家屋の各敷地の境界はAB線であるところ(仮にそうではなく、右両家屋の間の通路中央が境界であるとしても)原告ら家屋は右境界から五〇センチメートルの距離をおかずに建築されており民法第二三四条に違反している、③原告ら家屋は増築前の時点で既に当時施行されていた建築基準法に定める建ぺい率を超えるものであつたので、右増築によりその違反は大巾なものとなつて原告英夫は昭和三八年五月一四日には大阪市建築局建築課長から違反建築物措置勧告書の送達を受けたがその後何らの是正措置もとつていない、④被告アヤ子は原告ら家屋の右違法な増築工事によりそれまで被告ら家屋の二階東側の窓から享受していた日照・採光・通風・眺望等を侵害され、自家の表と裏との唯一の通路の通行を妨害された、⑤よつて民法第二三四条、第七〇九条に基づき昭和三八年一月一日から昭和四〇年一二月三一日までに既に発生した損害のうち金一〇万円とその後昭和四五年一二月三一日までに既に発生した損害のうち金二〇万円との合計三〇万円とその遅延損害金の支払を求める、というものであつた。

(二) これに対し、原告英夫は、右①を除くすべてを否認もしくは争つたが、第一審の大阪簡易裁判所は、昭和四七年二月二九日、原告ら家屋の増築により被告ら家屋の部屋の通風・採光が阻害され、その程度は社会的妥当性の範囲内にとどまらずまた被告アヤ子にとつて受忍すべき限度を超えるもので不法行為となる、原告英夫主張の抗弁(一部についての消滅時効と権利濫用の抗弁)は認められない、として同被告の請求を全部認容する判決をなした。

(三) 原告英夫は、右判決を不服として控訴し、控訴審の大阪地方裁判所は、昭和五〇年五月二一日、原判決を取消す、被告アヤ子の請求を棄却する、との判決をなして第一審の結論を覆すに至つた。

右判決は、その理由として、民法第二三四条に基づく請求に対しては、①境界がAB線であることは認められない、②境界が原・被告ら家屋の間の通路中央であることを前提とすると被告アヤ子も原告英夫に先立ち同様に民法第二三四条に違反して自家の増築工事をなしたことになり、日照等の阻害の程度や同原告が増築工事をなすに至つた事情等に照らすと被告アヤ子が原告英夫に対し右前提に立つて損害賠償を請求することは権利の濫用で許されない、と判示してこれを排斥し、また、民法第七〇九条に基づく請求に対しては、被告ら家屋の二階部分が原告ら家屋の増築前に比べ日照・採光・眺望を妨げられるに至つたことは否定できないとしたが、同時に、右阻害の程度、前示三2(一)のとおり原告英夫が増築工事をなすに至つた事情を認定し、両家屋の民法第二三四条や建築基準法違反の程度等をも検討のうえ、①被告ら家屋は地形上もともと東西からの日照等に制約を免れないものであつた、②原告英夫のなした増築工事はさし迫つた必要性に基づき近隣の者や被告アヤ子がなしたと同様の方法で行つたもので、工事着手前に同被告の承諾を得る努力を尽した形跡がある、③仮に原告ら家屋に前記のような法律違反があるとしてもその違反が日照等の妨害に著しい影響を与えたものとは考えられない、としてこれらを総合したうえで右日照等の阻害の程度は受忍限度を超えず原告英夫の増築行為には違法がないと判示した。

(四) 被告アヤ子は右判決を不服として上告したが、上告審の大阪高等裁判所は昭和五一年九月一七日右上告を棄却し、更にこれを不服として同被告がなした特別上告も、昭和五二年二月二四日最高裁判所において棄却され、右控訴審判決が確定した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実及び前示三2で認定した事実によれば、第二次訴訟において被告アヤ子の原告英夫に対する民法第二三四条、第七〇九条に基づく両請求権の存在はともに否定されたのであるが、民法第二三四条に基づく請求に限つてみれば、同被告は既に第一次訴訟において同条に基づく原告ら家屋の一部収去を同原告に求め、第一審及び控訴審のいずれにおいても右請求権の存在が否定されたにもかかわらず、右控訴審判決がなされてわずか二か月余りの後に全く同一の前提事実(原告ら家屋が境界から五〇センチメートルの距離をおかずに建築されていること等)を主張して再び提訴に及んだもので、訴訟物は建物の収去請求権と損害賠償請求権で同一でないとはいえ、後訴の提起は著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。

しかしながら、第二次訴訟では右請求と択一的に民法第七〇九条に基づく損害賠償請求がなされているので、同法第二三四条に基づく請求が右のとおりであるとしても、それだけで第二次訴訟の提訴が直ちに違法なものとなるとは必ずしもいえず、それが違法となるのは両訴訟物のいずれについても訴が先に述べたような意味で公序良俗に反するといえる場合であると解すべきである。そして、民法第七〇九条の損害賠償請求権についてみれば、一般に隣接する家屋の一方の増築によつて他方の日照等の生活環境が妨げられた場合、その増築工事が違法なものとして同条により損害賠償責任を生ぜしめるものであるか否かは、右阻害の程度が諸般の事情に照らし社会通念上一般に受忍すべき程度を超えると認められるか否かという一義的に結論を出すことのできない微妙な総合的価値判断によつて決せられると解されるから、原告ら家屋の増築により被告ら家屋の日照等が阻害されたと認められる以上、これによる損害の賠償を求める訴が違法となるのは、被告らにおいて、少なくとも右控訴審判決が考慮した諸事情を十分認識したうえで判断するときは、右日照等の阻害の程度が当然に受忍すべき範囲内のものであることを容易に知りうる場合でなければならないと解されるところ、本件において、右の諸事情のうち原告らが増築工事をなすに至つた意図や動機あるいはその必要性など専ら原告らの側に存した事情については、必ずしも被告らがそのすべてを認識していた、又は容易に認識しえたと認めることはできないし、更にそれらの事情を総合して右受忍限度を超えないものであるとの結論に到達する判断が容易になしうるとも認められない。

さらに原告らは、第二次訴訟は実質的に第一次訴訟と同一の紛争のむし返しであつて原告らに対する理不尽な厭がらせであると主張するが、第一次訴訟と第二次訴訟とでは訴訟物が異なり、そうである以上、一の訴訟物を主張して提訴した前訴で敗訴したあと、他の訴訟物を主張して後訴を提起することは、たとえ両訴訟が実質的には同一の社会生活上の利益の実現を目ざすものであつても、原則として適法というべきであり、しかも本件の場合、第一次訴訟が建物の一部収去請求であるのに比して、第二次訴訟は建物の収去自体は断念してその建物の存在による損害の賠償を求める請求であつて、相手方たる原告英夫に及ぼす不利益の程度にも差異があり、同原告の主張による境界を基準としても原告ら家屋が民法第二三四条に違反し、建築基準法所定の建ぺい率を超えたものであることがうかがわれるところからみて、被告らが第一次訴訟よりも認容の可能性が大きいと判断してもあながち不当であるともいえないこと、さらに、その争点も、前者では原告ら家屋の民法第二三四条違反の有無という点にとどまつていたのに対し、後者では新たに民法第七〇九条による請求との関係で被告ら家屋が原告ら家屋の増築によつて受けた日照等の阻害の程度が受忍限度内か否かの点が加わり(被告アヤ子は右請求をなすについても民法第二三四条違反の点を前提として主張しているが、右違反の有無によつて民法第七〇九条による損害賠償責任の有無が決せられるものではなく、この点は右受忍限度内か否かを判断するうえで考慮される一事情にすぎない。)、しかもこの点が重要な争点となつているのであつて、実質的にみても第二次訴訟が第一次訴訟の同一の紛争のむし返しとみることはできないから、両訴訟の内容や応訴を余儀なくされた原告英夫の立場を考慮すると第一次訴訟において第二次訴訟でなした請求を予備的に併せ求めておくことがより望ましいとしても、これをせず別個に第二次訴訟を提起したことが直ちに公序良俗に反する違法な行為であるということはできず、他に右の違法を認めるに足りる証拠はない。

従つて、原告らの本訴請求のうち被告らのなした第二次訴訟が違法なものであることを前提とする部分もまた、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

4  第三次訴訟について

前示一の当事者間の争いのない事実と〈証拠〉を総合すると以下の事実を認めることができる。

(一) 被告アヤ子は、第二次訴訟が上告審に係属中の昭和五一年五月一一日、原告英夫に対し原告ら家屋のうち別紙図面(二)の(イ)、(ロ)、(ハ)で示される青斜線部分(物干台を含む)の除却を求める訴を大阪簡易裁判所に提起し、昭和五二年六月二日これに損害賠償の請求を追加したうえ、更にその請求額を拡張したので(これに伴つて右事件は大阪地方裁判所に移送された。)、第一審における被告アヤ子の最終的な請求は、右家屋部分の除却と昭和五〇年八月一一日から右除却まで一か月五万円の割合による金員及び金五〇〇万円とその遅延損害金の支払を求めるものとなつた。

(二) 被告アヤ子は、右の請求原因として、①原告英夫が昭和三七年一一月ころ民法第二三四条、建築基準法に違反して原告ら家屋を増築したため被告ら家屋の日照等が妨げられた、②同原告は昭和四五年一月一八日から昭和四八年末までの間に更に別紙図面(二)の(イ)、(ロ)、(ハ)部分に平家建建物を築造しその屋上に物干台を設置したが、右物干台は被告ら家屋の北側に存する便所、風呂場及び仙栽を眼下に観望できる位置にあるため、被告ら家族はそこへの出入りのたび著しい圧迫感と嫌悪感に悩まされるなど精神的苦痛を受け、これらが原因となつて被告アヤ子とその娘は偏頭痛やノイローゼに罹患して転地療養を余儀なくされた、③よつて、物干台を含めた右平家建建物部分の除却と、原告英夫の不法行為により蒙つた精神的損害に対する慰藉料(昭和三八年一月一日から昭和五〇年八月一〇日までの間の慰藉料の一部として五〇〇万円、同月一一日から右除却までの慰藉料として一か月五万円の割合による金員)と内右五〇〇万円について昭和四六年四月一日以降の遅延損害金の支払を求める、と主張した。

(三) これに対して原告英夫は右主張事実を全面的に争つていたところ(なお、被告アヤ子主張にかかる平家建建物と物干台の築造は認めたが、これは昭和三七年一一月に二階を増築した際同時になしたものであると主張した。)、第一審の大阪地方裁判所は、昭和五五年一月二一日、被告アヤ子の請求をすべて棄却する判決をなし、理由として、①同被告の請求のうち原告英夫が二階を増築したことにより被告ら家屋の日照等が妨害されたとして慰藉料を求ある部分は第二次訴訟の確定した控訴審判決の既判力により理由なしとして棄却すべきである、②原告ら家屋の物干台は被告ら家屋の浴室・便所・仙栽を眼下に観望できる位置にあり、被告方ではこれに対処するためビニールカーテンを吊り下げるなどしなければならない状態であることがうかがわれ、安穏な生活がある程度阻害されていることが認められるが、附近の様子、特に家屋密集地で物干場所を設置するに適した場所がないことからすると、二階増築による日照等の阻害の点を併せ勘案しても、被告アヤ子の生活上の権利が受忍限度を超えて侵害されたとは認められない、と判示した。

(四) 被告アヤ子は右判決を不服として大阪高等裁判所に控訴し、右訴訟は現在控訴審において係属中である。ところで、〈証拠〉によれば、右訴訟において被告アヤ子が新たに主張した原告ら家屋の平家建建物部分及び物干台の築造に関しては、以下の事実を認めることができる。

(一) 右平屋建建物部分は、西側から順次原告方の便所・浴室・炊事場となつていて、これらは昭和三七年一一月に原告英夫がなした二階増築工事とほぼ時期を同じくして建てられたもので、第一次訴訟においてすでに被告アヤ子は右建物部分の一部収去を請求し、その第一審判決書添付図面においても右平家建建物部分に照応する建物の記載がなされている。

(二) 原告は右平家建建物部分とやはり時期を同じくしてその屋上に物干台を設置したが、昭和四六、七年ころこれが朽廃したので、従前の位置に従前の物干台とほぼ同一の形状の物干台を新たに設置してこれが現存している。

(三) 原告らは、本件第三次訴訟が提起されるまで、被告らから、原告ら家屋の物干台から被告ら家屋の便所等をのぞかれることについて苦情を言われたことはない。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実と前示三2、3で認定した事実によれば、被告アヤ子は、第三次訴訟において、新たに、原告英夫が昭和四五年以降平家建建物とその屋上に物干台を築造し、右物干台が被告ら家屋の浴室・便所・仙栽を眼下に観望できる位置に存するため被告アヤ子ら家族が著しい精神的苦痛を蒙つた旨の主張を追加しているが、この点だけをとらえてみても、右物干台等の存在によつて被告アヤ子らが感じるとする苦痛(嫌悪感・圧迫感)は、現に被告ら方においてなしているようにカーテンを吊り下げるなどして容易にこれを軽減することができるものであるうえ、物干台の用法からして当然に原告ら方でこれに出入りするのは一日のうち極くわずかの時間に限られると推認されるから、被告らが蒙るという不利益の程度はさほど大きなものではなく、他方原告ら家屋が住宅密集地に存し敷地との関係で他に物干場所を設置するに適した場所のないことは隣家に住む被告らも十分これを認識できる筈で、これらの点を総合考慮するときは、原告ら家屋の物干台から被告方の浴室・便所・仙栽が眼下に観望されうる程度の不利益は、かかる住宅密集地において相接して共に社会生活を営む隣人に対する関係からして、法律的知識を有し、深い教養と高い品性の求められる弁護士の地位にあるものにとつてはもとよりのこと、通常の社会常識を備えた一般人を標準として考えても、当然これを受忍してしかるべきものであるという判断に到達することは極めて容易であるといわざるをえない。のみならず、右平家建建物は、原告英夫が昭和三七年一一月ころ二階増築工事をなした際これと同時期に築造したもので、物干台も、現存するそれは昭和四六、七年に設置したものであるが、これも右平家建建物築造と同時にその屋上に設置した従前の物干台が朽廃したので同じ位置につくり直したにすぎず、従つて、物干台の同一性は別としてこれらは遅くとも第一次訴訟が第一審に係属している間には完成し存在していたと認められるのであつて、現に被告アヤ子は右訴訟で平家建建物の一部をも含めた原告ら建物の一部収去を求めているのである。にもかかわらず、同被告は、第一次及び第二次の各訴訟で、原告ら家屋の違法建築(民法第二三四条及び建築基準法の違反)により日照・採光・通風及び通路通行の妨害を受けたとして、その被害の模様を詳細に繰返して主張し、特に第二次訴訟においてはこれにより蒙つた損害の賠償を求めていながら、右物干台の設置による被害については一切触れておらず、また訴訟外でも原告らにこの点何ら苦情を申入れたこともないのに、被告アヤ子の第二次訴訟における請求が控訴審で棄却された直後に第三次訴訟を提起してはじめてこれを主張し始めたのであり、加えて、昭和五二年二月二四日に被告アヤ子のなした第二次訴訟の特別上告が棄却され、同被告の民法第二三四条、同法第七〇九条に基づく損害賠償請求権の不存在が確定するや、前記物干台設置により精神的苦痛を蒙つたことを付加した点を除けば全く同一の請求原因による多額の損害賠償請求を第三次訴訟で追加しているのであつて、これらの点を勘案すると、そもそも原告ら方の物干台の存在により被告らがその主張するような意味程度の精神的苦痛を現実に感じているかは極めて疑わしいだけでなく、これにより真実何らかの精神的苦痛を蒙つたとしてもそれは日照等の阻害に比すればまことに微々たるもので、当然に、通算して約一五年もの年月を要した第一次及び第二次の各訴訟の場で併せてその回復を求めるべき筋合のものであり、第一次、第二次各訴訟で次々と敗訴を重ねながらさらに新たに第三次訴訟を提起してまでこれを求めることは社会通念上著しく信義則に反するのみならず、第一次及び第二次の各訴訟の請求内容と第三次訴訟のそれとを対比し、第三次訴訟が提起されるまでの経緯やその提起追行の方法態様、ことに原告ら家屋の平家建建物部分や物干台があたかも昭和四五年以降新たに築造され従つて被告方の損害が新たに増大したかのような虚偽の主張(隣家に居住する被告らが右平家建建物や物干台築造の時期を知らない筈はない。)をなしていることや、物干台からの観望を問題としながらその下の平家建建物全部の収去まで求めていることなども総合して考察すると、第三次訴訟は、訴訟物という点では第一次及び第二次訴訟と完全には同一でないにせよ、実質的には敗訴判決が確定した第一次訴訟や控訴審において敗訴しその判決確定が予測された第二次訴訟の結論に承服できないところから、さらに別個の新たな請求に仮託して原告英夫に打撃を与え、当初から一貫して追及していた同原告の昭和三七年一一月当時の原告ら家屋の増築行為に対する自己の忿懣をはらす意図の下に提起追行されたものであると推認することができる。そして、右のような訴提起の目的・態様その他諸般の事情に照らすと、被告らが共同してなした第三次訴訟の提起追行は、二次にわたる訴訟における各敗訴判決の結果により原告英夫の家屋増築行為に対する被告らの主張が容認されないことが客観的に明白になつているにもかかわらず、右公権的結論をあえて無視し、被告アヤ子の夫の被告益一の弁護士としての職業及び法律知識を利用してさらに実質上これまでの訴訟をむしかえす行為に出たものとして、訴権行使の範囲を著しく逸脱したものであつて、公序良俗に反し違法なものであり、不法行為となるといわなければならない。

被告らは、第三次訴訟が却下されていないことをもつて右訴の提起追行が違法なものでない旨を主張するが、訴が却下されていないからといつてそれだけで直ちにその訴の提起が違法ではないということはできないので、右主張は失当であり、他に前記の認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告らは、右不法行為によつて生じた損害について賠償すべき義務がある。

四損害について

〈証拠〉によれば、原告英夫は、第三次訴訟に応訴するため、右訴が提起されたころ、弁護士小長谷國男に対し右訴訟追行を委任し着手金として三〇万円を支払つたことが認められ、右第三次訴訟の訴額や事案の難易度等に照らすと、右弁護士費用は、被告らのなした違法な第三次訴訟の提起追行と相当因果関係のある損害ということができる。

また、前示のとおり、原告英夫は、第三次訴訟が提起されるまでさかのぼつて一五年間、継続して被告らの提起追行した第一次及び第二次の各訴訟に対して応訴を余儀なくされており、そのうえで更に右違法な第三次訴訟を提起されたもので、これにより同原告がこれに対処するにあたり、少なからぬ精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができ、これの慰藉料としては被告らの不法行為の動機、態様その他一切の事情を考慮し、一〇〇万円をもつて相当と考える。

更に、弁論の全趣旨によれば、原告英夫は弁護士小長谷國男、同今井徹に本訴の提起追行を委任し、そのための着手金として五〇万円を支払つたことが認められるが、本件の訴額・事案の難易度・審理の経過・認容額及び反訴が提起されていることなど諸般の事情を考慮すると、右弁護士費用のうち二〇万円が被告らの前記不法行為と相当因果関係のある損害ということができる。

原告ミサエは、同原告もまた被告らの違法な提訴により精神的苦痛を受けたとして被告らに対し慰藉料の支払を求めているが、同原告は第三次訴訟の被告とはされておらず、被告らの右不法行為の直接の被害者は第三次訴訟の被告として訴を提起された原告英夫だけであるというべく、原告ミサエが原告英夫の妻として原告英夫が訴訟を提起されたことによつて精神的に苦痛を受けたことは想像に難くないところであるが、被害者の近親者の慰藉料請求権は被害者が死亡した場合か、死にも比肩すべき、又は右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときに限つて認められることに鑑みれば、本件不法行為の直接の被害者ではない原告ミサエは右慰藉料請求権を有しないと解するのが相当である。

五以上のとおりであるから、原告英夫の本訴請求は、被告ら各自に対し金一五〇万円及びこれらに対する被告益一は昭和五二年八月七日から、被告アヤ子は同月五日から(右各起算日が各被告に対する本件訴状送達の日の翌日であることは本件記録上明らかである。)、各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余は理由がなく、また原告ミサエの本訴請求は理由がない。

(反訴請求について)

一被告らの反訴請求原因1を理由とする損害賠償請求について

本訴請求に関してこれまで認定した事実なかんずく第二次訴訟控訴審判決と第三次訴訟第一審判決の内容によれば、被告らが、原告ら家屋の増築(二階及び平家建建物部分と物干台)により、その主張するような日照・採光・通風その他の面での生活環境上の利益をある程度阻害されるに至つたことは認められるが、同時に右阻害の程度は被告らにおいて社会通念上当然に受忍すべき範囲内のものであることも認められ、他に右増築が違法であることを認めるに足りる証拠もないので、その余の点について判断するまでもなく、被告らの右損害賠償請求は理由がない。

二被告アヤ子の反訴請求原因2を理由とする損害賠償請求について

原告英夫が第一次ないし第三次の各訴訟に応訴(第二次訴訟の控訴を含む。)したことは当事者間に争いがないが、本訴請求に関して先に認定したとおり、第一次及び第二次訴訟については同原告の勝訴が確定していること、第三次訴訟については現在控訴審において係属中であるが第一審で同原告が勝訴しているのみならず、被告らの右訴提起それ自体が違法なものと認められること、その他右各応訴のなされた経緯に照らせば、右各応訴は同原告の正当な権利擁護のための当然の権利の行使であつて、公序良俗に反する違法なものであるということは到底できず、他にこれを認むべき証拠もないので、その余の点について判断するまでもなく、被告アヤ子の右損害賠償請求は理由がない。

三被告らの反訴請求原因3を理由とする損害賠償請求について

原告英夫の本訴請求のうち、被告らの第一次及び第二次訴訟の提起追行が違法であることを前提とする損害賠償請求には理由がなく、被告らの第三次訴訟の提起追行が違法であることを前提とする損害賠償請求は一部についてのみ理由があること、また原告ミサエの本訴請求はすべて理由がないことは前示のとおりであるが、本訴請求に関して先に認定した原告らが本訴を提起するに至る経緯、とりわけ原告英夫が約一五年間も被告らの提起追行した第一次及び第二次の各訴訟に応訴を余儀なくされたうえに更に前示のとおり公序良俗に反し違法な第三次訴訟まで提起されたという常軌を逸した執拗な訴訟行為に直面した点、またここから容易に推認しうるその間の原告ミサエの妻としての心労等を考慮すると、原告英夫はもとより原告ミサエについても本訴を提起するについてはまことに無理からぬと思われる事情が存するのであつて、原告らが右請求権のないことを知り或いは容易に知りうべくして本訴に及んだ等、原告らのなした本訴提起が訴権行使の範囲を逸脱し公序良俗に反して違法なものであることを認めるに足りる証拠はない。よつて、被告らの右請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(結論)

よつて、原告英夫の本訴請求は、主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、原告ミサエの本訴請求並びに被告らの反訴請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(山本矩夫 矢村宏 三代川三千代)

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